私の仕事はライフコーチ。人生のアドバイスをする職業だ。そう言うと、人生の答えを全て知って完璧な人生を過ごしている、と誤解を受けることがあるが、それは違う。むしろ逆で、人一倍失敗も嫌な経験も挫折もして、でもその結果、こうした人生の荒波を乗り越える術を自分なりに身につけたことを、周りの方と分かち合う職業だ。そんな観点から、私が経験した中でもインパクトがあった出来事を書いてみたいと思う。
さて、2年前母が他界したときそのいきさつをすぐ公にはしなかった。それは、母の死に関して一番伝えたいことを書くととてつもなく長くなる、というのが1つ目の理由。
もう1つは、公にしないというよりできない理由があった。それは、母が振り込め詐欺にあったからだ。
2年前の4月、私が日本からアメリカに帰国した直後に、誰かが私のふりをして母に電話をかけた。相手は用意周到に、私の出身大学や、以前勤めていた会社名まで出して母に助けを求めた。しかもかなり私の声にそっくりな人間まで用意したようでスピーカーフォン越しに声を聞いた父までが相手の声を私だと信じたくらいだ。
その数年前に母親を狙った電話には無事嘘だと気がついて撃退したものの、年のせいもあるのだろう、この時は見事に引っかかってしまった。結果母は、ご丁寧にもその見知らぬ相手に数百万円を3回にわたってキャッシュで手渡した。
そのことを知ったのは、私がアメリカ国内の出張から帰ってきた時だ。久しぶりに電話したはずなのに、母親が私が電話をするなり、
「何あなた、あんなに心配させておいて連絡もしないで!」
と言ってきた。嫌な予感がして、どういう意味?と聞き返すと、母が続けてこう言った。
「だからあなたが山崎さんにお願いするって言うから、行ってきたわよ、田町まで。」
この瞬間に全てがわかってしまった。そして、背筋に寒気が走った。私は言った。
「払ったの?まだ払ってないの??」
「え、だから、払ったわよ、頼まれた通り。」
「いくら?いくら払ったの?!」
「だから1,000(万円)よ。」
「それ、騙されているから!すぐに警察に連絡して!」
「え、だって山崎さんはあなたが来れないっていうから」
「いや、俺はそんなこと頼んでいないから!これは振り込め詐欺だって。とにかく、一度電話を切るからすぐに警察に連絡して!」
「えー、いやだ、そんな、だってあなたが最初電話で頼んで来たじゃない。。」
「だからそれは俺じゃないって!目を覚まして、すべては騙されていたんだよ!よーく聞いて。これは振り込め詐欺だから。俺は誰にも何にも頼んでいないから。今ならまた連絡があるかも知れないし、犯人を捕まえられるかも知れないから、まずは警察に連絡して!」
こんな風に、振り込め詐欺が発覚した。
私は母に聞いた。
「それ、振り込んだの?」
「いや、だからキャッシュで渡したわよ、山崎さんがそういうから。」
「あー、じゃあもう戻って来ないね。」
まいった。こんなことが自分の身近なところで起きるなんて。
ここで、ふと浮かんだ疑問を母にぶつけてみた。
「でも、お母さん、そんな大金戻って来なかったら、今後の生活大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ!だって、あなたが緊急事態だっていうから。。。」
あちゃちゃちゃ。
警察に連絡がいき、自宅に来た警察と私も国際電話で話しをした。すると、警察がいる時に、再び振り込め詐欺犯から連絡が入った。
しかし。。
母が囮となるオプションも考えられたが、母が動転していること、高齢なこともあり、電話で騙されたふりをしたものの約束まで取り付けず、警察は犯人逮捕をその日のうちに諦め、夜のニュースで流してしまった。もうこれで、犯人を捕まえることはできないだろう。
残念だし悔しいが、これで逆にギアチェンジが出来た。過ぎたことは仕方がない。怪我がなかっただけ幸いだと考えよう。お金は天下の回りもの。
しかし、私はそうして切り替えたものの、被害を受けた母の心には、想像以上に大きな傷が残っていた。